ジャンル:銀魂 お題:俺は絶望 制限時間:15分 読者:269 人 文字数:1550字 お気に入り:0人

雨と夜の合間の距離で

付き合いもそこそこの年数になったから、例えば路地の隙間に血まみれで座り込んでいたって驚いたりはしないけれど、その日はさすがに少し焦った。特に忍び寄るでもなくザッザと音を立てて歩く足音に、俯いた顔が微動だにしなかったからだ。
「……大丈夫ですか」
平静を装って差し出した傘の下で、生死のわからない白い顔が、ゲホ、っと不恰好な音を立てて鮮血を吐き出す。
「……大丈夫に見えんのかィ」
薄笑いで目線だけ上げた顔を見下ろして、血濡れた制服の腕に手を伸ばす。
「とりあえずまだ生きてるみたいですね」
「…死んでた方が良かったか」
掠れた声で返される言葉に、呆れながら息を吐く。だったら助けに来てません、と心底どうでもよさそうに呟いて、傘を片手に体を引き上げ半分背負う。
「さて、どっちが近いかな。沖田さんどっちがいいですか」
まったく動かない表情のままで見下げてくる瞳に、とんだ性悪だと心の中で毒づく。SとかMとか、そんな部類分けされるような可愛いもんじゃない。一体どんな育てられ方をしたらこんな育ち方をするのか。
「旦那んとこで頼まァ。馬鹿やったの土方さんにバレたらめんどくせーから」
言い訳がなるべくいつもどおり自然になるように言葉を並べる。特に返事をせずに、新八は万事屋への道を歩き始める。
夏の夜をしっとりと湿らせる雨は激しさを増して傘と二人の肩を叩き、染み込んだ雫のせいで余計に重たく感じられる衣服は今すぐ脱ぎ捨てて走りたいほど肌に気持ち悪かった。
本当は、沖田が倒れていた場所からだと、明らかに万事屋より屯所の方が近いことを、当たり前のように二人は知っていた。その上で新八はわざわざ沖田に選択肢を与え、沖田はそれを選んだ。
より死に近い方を。朦朧として、曖昧で寒い今が幾秒でも長く続く方を選んだ。
しばらく無言で夜道を歩いて、ひどくなっていく雨音に自分の呼吸音さえかき消され始めた頃、突然、新八の背負っていた体ががくんと崩れる。
「沖田さん?」
声を出しても出ていないように、その音はコンマ秒で雨粒に溶けて消えていく。息も荒くうなだれた沖田は膝をつくと、かろうじて繋がっていた新八の腕をぐいと引いて彼をそこへ引きずりおろした。
「…置いてけ」
噛みつかれるかと勘違うほど勢いよく耳元に寄せられた唇が、震える息を吐く。新八は、一瞬言葉を迷ったあとで、静かに立ち上がると、沖田に引っ張られたせいでふき飛ばされた傘を拾った。
それをそのまま、しゃがみ込む彼に差し出す。
「死にたいんですか」
「んなわけねぇだろィ」
「じゃあ、ここに置いていって、あなたは生きていられるんですか」
静かな声に喉が詰まる。傘を差し出しているせいで豪雨に濡れる新八の髪から、闇を映した雫が滴れる。
「助けてくれって、言えばいいんだ」
意図してやさしく包まれた声音に、張り付いた前髪の隙間からその顔を見上げる。眼鏡の奥の瞳がほころぶ。額から流れた雨が、ゆるんだ目尻を伝う。
「僕は万事屋ですよ。沖田さん」
「はっ…なんでィ、そりゃ……」
はは、ともれた力ない笑い声が、新八と雨音の間で揺れる。目の前に濡れた手のひらが差し伸べられる。
傷が痛いのか雨が痛いのか分からなくて、綺麗に伸びた指先を見つめる。
「…、生かしてくれんだろーな」
掴んだ手を引っ張り上げて、新八は任せてくださいと笑った。びしょ濡れの体は冷えて仕方ないはずなのに、背負われたところから穏やかな心音と血液が送り込まれてくるような心地よさに、沖田は少しだけまぶたを閉じた。
雨と闇で見えなかったがなんでも屋の基地はすぐそこまで来ていたらしく、もう少しですよ、と励ます声が、雨音の向こうで遠く響く。
それに曖昧な返事を返して、沖田はゆっくりと体重を傾けていった。

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