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燭鶴♀ ※未完



「別れよう」
彼女がニッコリと微笑んで僕の手を握った。まさかこの目の前の美しい女性がこんな柔らかな笑みを浮かべて別れ話をしているとは周りの誰も思うまい。実際、彼女の向こう側のサラリーマンなんかは僕の手と彼女の顔を羨ましそうに交互に見ている。
今にも愛を囁きそうな温かな眼差しと違って、彼女の手は酷く冷えている。
「アイスティーのお客様」
「ああ」
離れた彼女の手を追いかけようとするのを堪え、自分のコーヒーに一先ず両手を落ち着けた。ストローを開ける彼女をじっくりと観察する。…いつもと何も変わらない。
「どうして、急に」
「ん?ああ、いやあ、そろそろ、そういう時期、だろう?」
イヤに能天気な調子で答えが返ってくる。僕は彼女のこういうところに何度も救われて、そして何度も裏切られてきた。
「光坊、私達はいつまでもこうやっているわけにはいかないんだよ」
「でもそれはずっと話していたじゃないか。もういいって、一緒にいるんだって…僕たちは…」
「ずっと一緒にいれると本気で思っていたのか」
「それは、でも…」
「思っていなかった、そうだろう?光坊、冷静になれ。この関係に未来はない。私も心苦しいんだよ。こんな良い男を一生独り占めしておくだなんて」
「違う、鶴さんは、僕に飽きたんだ」
鶴さんは困ったように笑って、ストローの袋で僕の指を突いた。
「君に関しては、飽きなんて感情、もうとっくに死んでる」
「鶴さんは僕から自由になりたいんだ。そうだろう?鶴さんを満足させられるような新しい刺激なんてこの20年何一つなかった。鶴さんはいつも…」
「確かに私も新しい世界を知りたいさ」
「じゃあ知ればいい。でも僕のところに戻ってきて」
「君、正気でいられるのかい?」
「絶対に鶴さんが帰ってきてくれるのなら」
僕の声はもう震えてしまって、目の前の彼女に届いているかどうかも分からなかった。それでも彼女は優しく微笑んで、僕の腕をさすりながら、濃い赤色の唇をゆっくりと開いた。
「ダメだ、約束出来ない」
「…どうしても、別れる気でいるんだね」
「ああ、泣かないでくれ。格好良くキメていたいんだろう?泣き落としには弱いんだ」
「そんなの今はどうだっていい」
「駄々をこねないでくれよ。いつもは良い子だろう?光忠」
「やめてくれ」
「私の弟」
「やめてくれ…」
「世界で一番愛おしいよ。光忠が生まれてからずっと傍に居たんだ。私達はもう一心同体さ」
「……姉さん、愛しているんだ」
「愛している、もちろん私もだよ。けれど私達は家族で、他人で、別の人間なんだ。このままでは二人ともダメになる」
「姉さん、新しい男が出来たの?」
「…今話す必要が?」
「当たり前だ。だって君は今までずっと僕のことを愛しているって、大切だって、セックスだって、何でも、したじゃないか…!」
「何でも叶えてやるさ。可愛い弟の願いなら」
「姉さんにとって僕はただの、弟だったのか…?」
「違う。でも今日からお前は私にとってただの弟になる」




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