ジャンル:文豪ストレイドッグス お題:鈍い夏 必須要素:栓抜き 制限時間:4時間 読者:77 人 文字数:3002字 お気に入り:0人
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【中与】酒のみ友達

パキン、と気持ちのいい音がした。
栓抜きでその男は手慣れた風に瓶ビールを開ける。普段は日本酒やら小洒落たワインやらを呑む彼に、瓶ビールはすこし違和感を感じた。この部屋ーー妾の部屋に、日本酒はたまにあるけれど、ワインなんて、そんなものは置いていない。時たま贈り物やら差し入れで持ち帰る程度で、好んで買うことはなかった。

まあ、嫌いじゃないけれどねェ。

ワイン独特の渋みや、あの香りは、ある人間を思い出すのだ。それは目の前にいる男で、妾の最近できた恋人だ。
泡が溢れるギリギリまで注いだグラスを、彼ーー中原中也は妾に手渡す。お礼を言って、私たちはグラスをあててガラスの音を響かせた。

「仕事を忘れて、飲める記念に」

中原はニヤリと笑ってそう言った。妾もニヤリと笑ってみせる。

「互いに厄介な相手に惚れてしまった記念に」

2人でそれを一気に飲み干して、泡を拭う。妾はすぐさま唇を押し付けた。唇を離すと、中原は、機嫌良さそうに微笑んで唇を当ててきた。こんどは舌までねじ込んで、深い深いものだ。普段のワインの味と違って、自分の口の中と同じ、ビールの味がした。

♦︎♦︎♦︎

「あらっ与謝野女医、香水つけてますの?」

アルバイトのナオミに、そう言われて妾は少し微笑む。化粧ポーチを開いて、香水の瓶を見せてやれば、すぐにどこどこのブランドのナントカだ!と当てた。年頃の女子だからか、そう言ったことには目敏い。

そういったことろかねェ?

黒髪ロングの清純派、女らしい女。今付き合ってる彼の、今まで付き合ってきた女の大半がそういったタイプらしい。生憎、妾にそんな趣味はないよ、と自嘲気味に笑ってみせる。

「男性からの贈り物ですか?」

ナオミがキラキラした瞳で聞いてくる。妾は一瞬ギョッとした顔をした。沈黙が肯定と取られ、ナオミは嬉しそうに笑う。

「やっぱり!素敵ですわ!香水の贈り物だなんて」

隠しても無駄だろうと察して、小さく溜息をつきながら、妾は香水をポーチにしまう。

「どうして分かったんだい?」

「そんなの簡単ですわ!与謝野女医は普段、香水をつけませんし、この香りはとても与謝野女医にぴったりですわ。自分に1番合ったものを選べるのは、自分じゃなくて自分をよく知る人ですもの。それにこのブランドこの辺りでは売ってませんの!与謝野女医がわざわざ普段買わない香水を遠出して買うとは思えませんわ。以上のことから、きっと与謝野女医をお慕いしている殿方だと推理しましたわ!」

あとは、女の勘です。

と胸を張るナオミ。兄よりもナオミの方が探偵に向いているんじゃないか、と思ったけれど言わないでおいた。言ったらきっと、兄を盲目的に愛するナオミが怒ってしまうだろうから。

「お付き合いなさっているのですか?」

ナオミの様子からして、テキトーに誤魔化すことが難しいのだと分かる。手元の仕事も、それなりにキリが良い。妾はナオミの話に付き合うことにした。

「まあねぇ、半月くらいかねェ」

「まあ!全然気がつきませんでしたわ」

必死に隠してきたからねェ。

と心の中で呟く。

「どんな方ですの?」

探偵社の敵であるポートマフィアの幹部でちびっこ素敵帽子くんですよ、とは口が裂けても言えない。

「まあ、ワイン好きの、それなりの色男さ」

おかげで、妾もすっかりワインに詳しくなってしまった。高いワイン独特の苦味が苦手だったのだが、妾にも呑みやすいワインをわざわざ持ってきてくれたときは嬉しかったねェ。無意識に笑っていたのか、ナオミは妾の顔を見て、頰を少し赤くして嬉しそうに笑う。

「きっと素敵な方なんでしょうね!お二人はどうやって出会ったんですの?」

「飲み友達でね、それからは成り行きで」

金曜日、家の近くの安い居酒屋で1人飲みするのが習慣だった。毎週、とはいえず。仕事のこともありいけない週もあったが、ほとんど毎週行っていた。いつもぎゃぎゅう詰めで、騒がしい酒屋が妾は気に入っている。彼奴と出会ったのはいつもの金曜のことだった。

「「あ」」

カウンター席で1人飲みをしていると、人が増えてきて、一席ずつ空けて座っていた席も詰めるようになってきたころだ。隣に誰かが座ったから、何気なく横を見ると、見覚えのある男が居たんだ。出来れば仕事では会いたくないあの男が。

「よぉ」

何も言わないのもどうかと思い、なんて声をかけようかと考えあぐねていると、中原の方から挨拶してきた。妾も、久しいね、と古い友人に会ったくらいのフランクさで挨拶する。

「アンタも、よく来るのかい」

それだけというのもなんであったし、少し酒が回っているのもあり、妾は世間話のつもりで声をかけた。中原は話しかけられたことに少し驚いたが、普通に返事を返してきた。

「いや、なんとなく酒でも飲みたい気分でフラフラしてたら見つけたんだよ。アンタは良く来るのかい」

「まあね。ここは良い店なんだよ」

そこから、ほんの少しの気まぐれで始まった会話は、夜通し続いた。共通の知人である太宰の話や、好きな酒の話、互いに暗黙の了解で仕事の話だけはしなかった。

それからだ、妾らの奇妙な組み合わせの、毎週金曜の2人酒が始まったのは。

だいたい習慣付いてきたころ、三週連続、中原が来なかった。1度来ないことなら、互いに仕事は激務であるし、たまにあったのだが、3週連続となると初めてだった。4週目に、辛抱強く妾は酒屋に行って見ると、いつもの席にあいつはいたんだ。

「よぉ」

と、何もなかったようにいつもの挨拶をする。何となく、いつもより機嫌が良さそうだった。

「随分とご機嫌だねェ。良いことでもあったかい?」

「いんや、さっきまでは気分最悪だったよ。徹夜もしたし、怪我もして、3週間以上も、酒を飲めなかったからな」

そう言って手元の日本酒を煽る。妾はその隣に座って、同じものを注文した。

「安酒飲むだけで機嫌が直るなんて、随分と安上がりだねェ」

三週連続で来なかった男への嫌味を、無意識に込めてそう返していた。中原は依然として機嫌が良さそうに笑う。

「それだけじゃねえさ、アンタに会えたからな」

ピタリ、と妾はグラスを持つ手を止めた。生憎、顔を赤くするほど純情ではなかったんだよ。

「週一でも結構足りねえからなあ」

追い討ち。

妾は落とす前にグラスを机の上に置いた。

「週一じゃ足りないなんざ、傲慢だねェ。明日も妾と酒を飲みたいって?」

「いいねぇ、明日は暇かい?」

予想外の返しに、妾はまた沈黙した。ニヤニヤと嬉しそうに笑う中原。

「へえ、暇なのか。今日は気分転換に場所、変えるか?」

「今日の夜まで暇とは言ってないよ」

せめてもの抵抗に、そう言ってみる。けれど中原は変わらずニヤニヤ笑う。

「どうせ今日も俺と夜通し飲む気だった癖に」

「……」

まだ一口しか酒を飲んでいなかった妾は、少しずつ頭が冴えてくるのを感じた。

こいつはポートマフィア、敵だ。

妾が、じっと考えていると、中原は妾に悪魔のように魅力的な提案を持ち出してきた。

「仕事はなしに、俺は中原中也個人として、与謝野晶子個人を誘ってるんだ。俺の女にならねえか?」

肯定、するしかなかったねェ。


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