ジャンル:戯言シリーズ 兎軋 お題:苦い町 制限時間:1時間 読者:118 人 文字数:2987字 お気に入り:0人

VR死線の蒼

 ゲームをつくったんだよ、と兎吊木はスカイプで言った。通話ではなくチャットにしていたから言った、というよりは打ち込んだ、の方が正しい。青と白の画面に、兎吊木の方から届いた、青いフキダシが新しくポン、と軽い音を立てて表示される。長いURLは詐欺メールに似ている。
 俺の専門外だったから、《一群》の連中数人に掛け持ってもらってね、俺は総合プロデューサーというやつだ。
 総合プロデューサーが一番信用ならないからクリックする気が激減する。返事をせずにじっと画面を見ていると、言い忘れていた、と新しいフキダシが出る。
 それ、VRなんだ。今流行りのね。VRゴーグルは持っているかな? 無かったら今すぐ買ってきてくれ。
 ゲームを押し付けておきながら好き勝手言い過ぎだ。俺は「やらないから買わない」とだけ打ち込んだ。それから停まった洗濯機に入っている服を乾燥機に移すために立ち上がり、ノートパソコンを閉じた。それから会話のことはすっかり忘れた。
 それから次の日、珍しく郵便物が届いた。通販で物を買った覚えはなかったし、差出人の名前にも見覚えがなかったので、零崎の生き残りから偽名を使った何らかのメッセージかと思ったが、開けてみれば中身がVRゴーグルだったので兎吊木だ、と察した。ちゃっかり着払いだったため、次会ったら絶対に殺そう、と心にきめた。
 新品の、それもかなりグレードの高いVRゴーグルで、最近こういう新しいものに触れていなかったのでとりあえず解体して中を確認した。兎吊木のことだ、中に変なものを仕込んでいる可能性が余りある。
 ゴーグルを弄繰り回しながらノートパソコンを開けると、あれから見忘れていたスカイプのチャット画面が開きっぱなしだった。兎吊木が、「それじゃあ着払いで送っておくよ」とだけメッセージを打ち込んでいた。返事がないのを了承だとでも思ったのだろうか?
 おいてめぇふざけんじゃねぇぞ金返せ。とメッセージを送ると、1分後にちゃんと連絡したのに、と被害者ぶる言葉が返ってきてキレかけた。歳も歳だから頭に血が昇るのはよくないとは思いつつもかっとなりやすい性質はそう変わらなかった。兎吊木を見るたびに殺せそうだと思ってしまう。(兎吊木でなくとも人間はみんな殺せそうなのだけれど)
 早速ゲームの接続方法がまとめられた手順書が送られてきたのでせっかく購入してしまったのだからとひとまずやることにした。暇をもてあましている身だから、いけ好かない男から届いたくだらんゲームについ付き合ってしまう。
 買ったばかりのVRゴーグルを早速改造し、パソコンにダウンロードしたデータを無線通信で共有させる。
 VRゴーグルつけて誰もいない部屋で挙動不審になっている人を見るの楽しいから、カメラつけてくれよ。
 兎吊木の悪趣味な希望は見なかったふりをした。こいつのことだからハッキングすれば俺のつくったセキュリティもやすやすと掻い潜り勝手に俺のパソコンのカメラを起動させることも可能だろうと思ったので、とりあえずアナログな方法だったがそこらへんにあった適当な紙をパソコンに備え付けられていたカメラ部分に貼り付けて見えないようにした。
 VRゴーグルを装着して電源をつける。臨場感を出すためとはいえ画面がこんなに近いのも目に悪そうだなと思った。毎日パソコンに向かっている奴の言うことではないが。
 暗かった画面がようやくヴァーチャルの世界を映し出した。なんとなく予想はしていたが、予想していたよりそれはリアルで、思わず小さく呻いてしまった。《一群》の奴らの力を借りたと言っていたが、どいつもこいつもノリが良すぎる。
 目の前には過去の記憶よりも鮮明なかつての《同志》たちの居城、死線の蒼の住むマンションのリビングがあった。
「……」
 VR死線の蒼!
 あまりにもリアルな景色に現実との区別がつけられない、とまで錯覚しかけた時に、視界の端におそらく兎吊木からのチャット画面が映し出され、急に興ざめした。目が見えないまま手探りでキーボードを探り当て、ブラインドタッチで「悪趣味だ」と打ち込んだ。
 悪趣味? みんな喜んでくれるけどなあ。凶獣なんか元データを買わせてくれって死に物狂いで食い下がってきたのに。
 適当言って仲間の評判を落とすなよ、と言い掛けたがアメリカの牢獄にぶち込まれている奴にしたら、VRは外の世界を見られる頼りのものでもあるので、完全に否定はしにくい。しかも、《同志》たちが作っただけあって、暴君のマンションは精巧に再現され、CGの技術も完全に職人のそれだった。おそらく世界で最も美しいCG画面と断言してもよいだろう。手を伸ばしたら死線の蒼がいたあの頃に戻れる錯覚までしてしまう。
 キーボードで移動できるよ。
 兎吊木から簡単な操作方法が表示された。リビング、ダイニング、キッチン、トイレと、死線の蒼が改造したワンフロアぶちぬきのマンションの家は、記憶力の良いメンバーがそろって制作しただけあって緻密で精巧だ。《同志》がさっきまでいたかのように、見覚えのある私物が取り残されている。
 懐かしい室内をぐるりと回って、寝室の前までたどり着いた。死線の蒼の寝室だ。VRゴーグルはヘッドフォンと一体になっているので生活音まで聞き取れる。パソコンの動く、ごうごうという排気の音の隙間に、扉の向こうからかたかたとキーボードをタッチする音が聞こえてくる。
 中、入る?
 兎吊木の質問にうるせぇ、と毒づいてしまった。世のVRは、可愛らしい女の子との恋愛ゲームもプレイできるらしい。きっと中には、《一群》のなかのこのゲームをつくった連中が、マンションのリアルよりもよっぽど気を使ってつくった、死線の蒼のキャラクターがいるのだろうと思った。
 いるのか? 中に。
 俺は震える手でキーボードを叩いた。兎吊木は、確認してごらんよ、とだけ言った。打鍵の音は絶え間なくする。椅子の軋む音も。死線の蒼の寝室に、誰かがいる。それは暴君なのか?
 俺はゴーグルをむしりとって薄暗い自室に戻った。嫌な汗をかいている。開きっぱなしのノートパソコンに、兎吊木が映っていた。
「よう、久しぶり。カメラに何か貼ってるな? こっちからは何も見えないけどマイクとカメラをハッキングしたよ。俺の姿は見えるだろ? 懐かしい顔を見せてくれよ」
「…………」
「死線の部屋には入らなかったんだね。わかるわかる。というか、《一群》の半分くらいの奴にプレイしてもらったけど、皆中に入らないんだ。おかしいね。中に死線の蒼がいるのか、実はわからないんだよ。誰かが作った死線の蒼が、中でずっと遊んでいるのかもしれないし、もしかしたら皆、死線の蒼を創るなんて罰当たりだと思って、中は空っぽかもしれない。そもそも、寝室のドアが開くのかさえわかってないんだ。誰も怖くて開けてない俺たちはこれだからダメなんだよな。なぁ式岸、情けない顔をしてるんだろ? 見たいなぁ、お前のしょぼくれた顔を。殺人鬼だなんて笑っちまうくらいの、可哀想なところをさ、なぁ」
 俺はスカイプの画面を閉じようとしたがそれすらできなかったのでパソコンを閉じた。おい、と兎吊木の声がしたけれど無視した。VRの画面のせいで目が痛くなったんだろう、少し涙が出てきた。

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