誰かの雑踏【翔太から見た北斗 健全】
翔太は人混みが嫌いだ。
そもそも好きなものなんか僕にあったっけ? という中学二年生的そもそも論は横に置いておいて、人混みとか繁華街とか雑踏とか、そう言ったものが嫌いだ。皆それぞれに着飾って、あるいは全く誰かの群れに溶け込んでしまうように目立たない格好をして、それぞれの行き先に向かって歩いたり、あるいは立ち止まったりしている。そういう、みんなの事情みたいなのが、すごく嫌いだった。
息がつまる。これがみんな生きているなんて、頭が破裂しちゃう。
北斗君は、人混みを、驚くほどまっすぐ歩く。
誰にもぶつからず、自分の行きたい方へ、滑らかに。
誰にも見つからず、あるいは見つかったとしてもまるで隠れてなんていなかったように笑顔で手を振って、やっぱり誰にもぶつからなかったように自分のままで。
北斗君は北斗君のままで、雑踏を踏み越えていく。踏む、なんて言葉が不似合いなくらい、そう、鳥が空を飛ぶように雑踏を泳いでいく。魚が水を泳ぐように渡っていく。
そんな風に、どこまでも自分のままで行けるようになるまで、僕はあと何回、人混みでつまづくのだろうと思う。
前の人の踵を踏んで、後ろの人に背中を押されて、遠くの人のおしゃべりにびっくり振り返って。
あと何回立ち止まったら、北斗君みたいになるだろう。
爪先立ちして、自分を取り巻く雑踏を見回して、考える。
さっきバイバイをして、あっという間に、今はもうずっと遠くに行ってしまった北斗君を眺めながら考える。(こんなに遠いのに、こんなにたくさん人がいるのに、北斗君のいる場所はまるでそこにスポットライトが当たっているみたいに目が惹きつけられてすぐわかる。)
僕はきっと北斗君よりも器用だから、北斗君がつまづいたほどには何度もつまづかなくて、だからきっと僕は、北斗君ほどには人混みを上手に歩けるようにはならないんだ。