一年の終わりの過ごし方
遊矢は普段、蕎麦は食べない。自身の希望でパンケーキを朝食のメインにしたり、米飯に味噌汁、焼き魚にお浸しなどのお米の国に生まれたならばこれだろうと言わんばかりのコテコテの和食が並んだりと、日々和洋折衷の食卓である。
不思議なことに蕎麦がメインになることは全くといって良いほどない。ある一日を除いて。
「遊矢、蕎麦は温かいのと冷たいのどっちが良い?」
「うーん……天ぷらが乗った温かいの」
時は大晦日。テレビでは運動会の如く二組に別れ歌で競いあったり特別ゲストで盛り上がる毎年恒例の長寿番組や、お笑いタレントの大御所達が体を張って視聴者から笑いを取る番組など、一年を締めくくり競い合うように賑やかに映し出されている。
遊矢はそんな賑やかさをゆったりと自宅でまどろみながら、年越し蕎麦をすするのが何よりも楽しみと公言するやや渋い趣味を持つ少年であった。
「柚子ちゃんと二年参りにでも行かないのかい?」
「えー、外寒いし……あと同級生に見つかると色々言われるんだよ」
「なんだい、そこでがっついておかないと後で大変な事になるんだよ、遊矢」
そう一人息子をからかいながら、洋子は湯気が立ち上る天ぷら蕎麦を遊矢の前に置く。
揚げたての海老天は黄金色に輝き、透き通った茶色のつゆが程よく染み始め、いかにも食べ頃だ。
母親の問題発言に対して反論したい気持ちもあったが、今は何よりも食欲が上回った。腹の虫がまだかまだかと催促してくる。いただきます、の言葉もそこそこに遊矢は海老天にかぶりついた。
さくさくとした衣の歯触り、合わせだしがよく効いたつゆの風味、海老の弾けるような弾力と口の中でじわっと広がる旨味…温かいそばには何より海老天が合う、その事を改めて認識せざるをえない瞬間がそこにはあった。
「あー……やっぱり母さんの海老天はおいしいよ、これ食べないと一年が終わったって気がしない!」
「そんなにほめてもらえると、作った甲斐があるってもんだよ。遊矢、海老ばっかじゃなくて蕎麦も食べな」
母の言葉を聞くか聞かないかのうちに遊矢は蕎麦をすすり始める。ちまちまと食べるのではなく、ズルズルと音を立てて豪快に食べた方が蕎麦は美味しいものだ。そう教えてくれたのは自分のデュエルの目標であり、憧れそのものである、今はどこにいるかもわからない彼の父親であった。
メインの蕎麦は独特の風味がたっぷりと味わえる一流品だ。実はたまたま商店街の懸賞で当たった高級品であることは息子も知らないだろうな…と洋子はひっそりとほくそえんだ。
可愛い一人息子が自分の作った料理を満足げに食べてくれている。その事だけで十分すぎるほどに幸せだと彼女は感じていた。
ここに行方が知れない夫も食卓を囲んでくれていたら…というのはおくびにも出さず、ひっそりと思いながら。
「はー、おいしかった……」
つゆの一滴まで飲み干し、遊矢は頬をほんのり赤らめながら母に目を向ける。
付けっぱなしのテレビは歌番組を放送していた。そろそろ大トリの出番だ。
遊矢はしばらく何も言わず歌番組に見入っていたが、次第にまばたきが多くなってくる。食欲が満たされ体も温まり、今は本来ならもうベッドに入っている時間。
「遊矢、眠い?」
「ね、ねむく…ないよ。今度こそ年明けまで起きてるんだ」
「年明けの瞬間には起こしてあげるからちょっと寝な。どっちが勝ったかも教えるから。」
「……うー、わか、った…」
そう言い遊矢はコタツ布団にくるまり、すうすうと寝息をたて始めた。その寝顔は小さい頃から変わらない、何よりも愛しいものだった。
なお、その後洋子自身も寝入ってしまい、息子との約束を果たせず母子揃って夢の中で年明けをすることになる。