ジャンル:うたわれるもの お題:暑い境界 制限時間:4時間 読者:614 人 文字数:2445字 お気に入り:0人

無題

「御苦労、助かった」
 受け取った目録を机に置き、ハクオロは相手の商人へ軽く笑いかけた。
「いつも難しい注文をしてすまないな、チキナロ」
 いえいえ、と目を細くし、相手の男――チキナロは普段と変わらぬ笑みで、代わり映えのない謝辞を述べていく。いつも贔屓にして貰っている礼や、それ程の無理な注文でもないからまた何かあれば言ってくれと。だが今日の彼の言葉はやや軽いようだ、とハクオロは口を結ぶ。そして、その理由に心当たりもあった。
「そうだ。一つ訊きたい事がある」
 普段からにこやかな笑顔の仮面を脱がないチキナロの表情が一瞬変化したという珍しい光景にも驚くことなく、ハクオロは依頼主として当然の事を訊ねる。
「カルラの武器の進捗状況を教えてくれないか?」
「そ、それは……」
 困惑した様子で視線を逸らした彼を面白いと心中で思いつつ、笑いをかみ殺しながらハクオロは答えを促す。
「どうなんだ?」
「決して芳しくは御座いませんです、ハイ」
 神妙な面持ちで正直に答えた彼を面白くないと冗談でからかいつつ、当然だろう、とハクオロは口を結んだ。
 戦闘に特化した体型を持つ種族、ギリヤギナ族。そのギリヤギナである彼女、カルラの腕力や膂力は凄まじいものがある。先日行ったベナウィとの組手でそれは彼女の圧倒的な実力と共に周囲の知れるところとなった。一般的な刀では彼女の力に耐えられず、二回振っただけで壊れてしまう。二つ重ね合わせた場合もさほど変わらない結果であり、それが一回や二回ではない。様々な武器を試したものの、いずれも彼女の力に耐えうる物は、皇城内には存在しなかった。
 故にカルラ専用の武器を作成する事となったのだが、彼女の注文を満たす武器がなかなか完成に至らないのだ、とチキナロは小さく息を吐いた。
「『絶対に折れず、曲がらず、刃こぼれしない』それが、カルラ様の御注文で御座いますが。なにぶん、そのような武器を私はおろか、鍛冶司も想像が出来ないと申しますか」
「だろうな。いや、責めているわけじゃない」
 私も想像できないしな、とハクオロは腕を組む。
「無理なら。いっその事、武器の体裁をとらないものでも――」
 言いかけた刹那。酷い悪寒が背中に走り、ハクオロは身体を硬直させた。試しに彼女が振った、武器と呼べるか怪しい物体の幾つかは、カルラの手から不自然にすっぽ抜けてハクオロの頭のすぐ側を通過していった光景と共に。
「――いや。できれば、いや絶対に、武器を、頼む」
「勿論で御座いますとも。期限共々、間に合わせます故」
 やはり普段の頼もしさが欠けている、とハクオロは小さく息を吐いた。とはいえ自分にはどうする事も出来ないため、彼らを信じて待つしかあるまい。不安が隠しきれない顔を下に向けるハクオロに、チキナロは一つの提案をしてきた。
「もし宜しければ……御視察されますか?」
 思わぬ話にハクオロは目を丸くするが、すぐにその提案に乗った。理由は一つ――ハクオロは側にある木々の山に目を向ける。
(よしっ。これで、書簡の山から離れられる)



 どうにかして口煩いベナウィを説得し。チキナロの案内で、ハクオロは武器を作っているという鍛冶屋を視察した。だが、幾許もしない内に入口へと舞い戻って来た。
「暑い……」
 数十人はいる大きな鍛冶場。その近くにある椅子に腰かけ、こんなにあつい場所だとは思わなかったとハクオロは汗を拭う。
「それにしても……チキナロ。涼しそうな顔をしているな」
 左様で御座いますか? と普段通りに微笑するチキナロに、ハクオロはふらつく頭を縦に振る。
「ああ。暑いのは平気な方なのか?」
「いえいえ。決して得意という訳ではございませんです、ハイ。それに、ハクオロ皇は仮面をしておられるので――」
「その話は今はしないでくれ。考えたくない」
 外すことの出来ない仮面の裏で発生した汗の行方や肌の状態を想像しないように、ハクオロは懸命に手拭いを動かす。その隣にそっと立ち、チキナロは手にある算盤を懐へとしまった。
「鍛冶司の方々が頑張っておられるお姿を拝見致しますと、暑さの境界などあってないようなものです」
「……成程な」
 武器の完成具合は、ハクオロの予想以上に進んではいなかった。部屋の隅に堆く積まれた失敗作の数々と、腕利き鍛冶司達の話し合いの過熱ぶりは凄まじい物があった、とハクオロは振り返る。現に彼らの怒鳴り声が今もなおハクオロの耳へと入ってくるし、鉄を打つ音が途絶える事はない。あれ程にまで熱く仕事へ打ち込む者はそういないものだ、とハクオロは姿勢を正す。
「もし間に合いそうになかったら」
「いえ」
 相手の強い否定にハクオロは顔を上げた。その正面で、チキナロは同じ口調で続ける。
「先程も申しましたが、期限にまでに必ず。御満足頂ける物を納品させて頂きます故」
「しかし」
 決意にも似た、はっきりとした断定。視察後である現状ではあまり説得力の感じられない一言だが、商人特有の笑顔とは趣の異なる表情にハクオロの声が途絶える。じっと向けてくる真面目な視線もあるが、チキナロが過去に納品できなかった事は無いし、期限を守らなかった事も一度たりとも無い事実が、ハクオロから否定の言葉を更に摘む。
 それが彼の――商人の矜持なのか。あるいは鍛冶司の矜持を守るためなのか。ハクオロの問いに答えるように、チキナロは目を細めて小さく呟いた。
「そのような、大層な物では御座いません」
「……」
 ハクオロが息を呑んだと同時に、チキナロは手を合わせた。いつも通りの笑みを浮かべながら、僅かに胡散臭さ混じる調子で擦り寄る。
「お客様との信頼が第一なれば。何なりと仰って頂ければ」
「そうか。なら、此処はひとつ」
 お前のせいであつくなってしまったからな、とハクオロは口元を緩めた。
「氷を、持ってきてくれないか」
 いつも以上に笑顔を歪ませた相手に、ハクオロは容赦せずに笑う。

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