ジャンル:ガールズ&パンツァー お題:私と湖 制限時間:30分 読者:354 人 文字数:1664字 お気に入り:1人

私と湖とエリカさん

 エリカさんは不愉快そうに大きくあくびをすると、靴を脱いでぱしゃぱしゃと湖に両足を浸しました。月の光にゆらゆらと濡れる水面に、エリカさんの白い足がそっと降ろされるところを、私は恥ずかしくてずっと見ていることができませんでした。
 あたりはすっかり夜で、風がごうごうと草原を撫でていて、そのたびに水面には静かな波が広がっていきました。私たちのⅡ号は、エンジンがすっかりダメになってしまい、うんともすんとも言いません。いずれにしても、この暗さでは、今の私たちではまともに修理をするのは無理でしょう。「今夜は野営ね」と、エリカさんは私の方を見ずに言いました。
 助けを呼ぼうにも、携帯電話の電波は圏外。エリカさんなら、たぶん星を頼りに本隊まで追いつけるのだろうけど、その足がありません。それは、私が壊してしまったから。だから、銀色に輝く湖のほとりにⅡ号を置いたまま、私たち2人はただ呆然としゃがみこんで、靴を脱いで、ぱしゃぱしゃと水面を蹴ること以外なにもできなかったのです。
「あなたと一緒に乗ると、なんでいつもこうなるのかしら?」
 草原ステージには人工物がまったく無くて、月と星の光と、その湖からの反射光だけが、エリカさんの凛とした横顔を照らしだしています。絹みたいな髪が、湖を渡ってきた涼やかな風に揺れているのがわかりました。
「ごめんね、エリカさん。私のせいで、こんなことに……」
「まったくよ。ほんと、たまったもんじゃないわ」
 胸がズキズキと痛みます。なまじ、真っ暗で何も見えないから、胸の痛みだけがいやに強く感じられて、私の鼓動はだんだんと早くなってしまって。まるで自分が、湖と月と星と、それから草原しかない真っ暗闇の世界に、たった独りで取り残されてしまったみたいで……。戦車は、どんなところにだって進んでいけるもの。無限軌道の冒険者。でも、それは器でしかないのです。勇気ある者が、強い者が操るからこそ、地球の果てまで踏破できるものなんです。今、私たちのすぐそばで動けなくなっている鉄の固まりは、真っ黒で、おどろおどろしくて、不格好で、無力なガラクタにしか見えませんでした。ああ、それを、私が動かしていたんだ。弱くて臆病で情けない、ダメな私が。
「あなた、操縦の才能はないんじゃない。やめたほうがいいわね」
 エリカさんは、私には本当に容赦がありません。どことなく嬉しそうに、意地悪に、そんなことを言います。なのにどうして。あなたの横顔は、揺れる水面のきらめきに輝いて、そんなにも綺麗でいられるの。
 私が答えられずにいると、エリカさんはふん、といつものように鼻を鳴らしてから、自分のひざにほっぺたを載せて、暗闇の中にひんやりと輝く瞳でこちらを見上げながら、ちょっとむくれたまま言葉を続けます。
「だから、明日は私が操縦するわ」
「え……?」
「交代するって言ってるの。あなたなんかに任せていられないもの。日が昇ったらとっとと直して、隊長たちに追いつくわよ。もう少し行ったら、電波も入るでしょ」
 ちゃぷちゃぷと、水素のように透明な波が、私の足首をくすぐっていました。私の隣にはエリカさんがいて、私のことを静かに見上げていました。私は、急に寒さを思い出して、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、慌てて足を水面から引き上げます。ぱしゃっと飛沫が跳ねました。
「きゃっ! ちょ、ちょっと急にやめなさいよ!」
「あ、ご、ごめん! その、寒くて」
「そりゃそうでしょ、ずっと水に足突っ込んでたら……。ほら」
「え?」
「入んなさいよ。どんくさいわね」
 湖は、揺れる月と星明かりを映しながら、ただ静かに夜風を受け入れています。明日には、私たちの戦車も直って、またどこまででも、私たちを連れていってくれるでしょう。鉄の塊に火が入れば、恐れるものなんてなにもないのです。私は、エリカさんと一緒にブランケットにくるまって、静かに船を漕ぎ始めました。エリカさんの体温と優しい匂いだけが、その夜、私を包み込んでいるものの全てでした。

<FIN>

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