冷泉麻子「モグラの休日」
好きです、とも付き合ってください、とも言った覚えがないのだが、いつの間にか沙織とその、何だ。恋人のような関係になっていた。
時折睦み合うことはあれど、平時は極めて今までどおり振舞っている。隠すようなものでもないと私は思うのだが、沙織が嫌だというのでそうしている。
休日になると私は日が中天に登るまで寝ていたいのだけれど、一人布団を抜けだした沙織が作る朝食の匂いに誘われて目覚めてしまう。
沙織は私の様子を、穴から出てくるモグラさんみたいだと言った。
モグラなんて見たことがないだろうと答えれば、見たことがなくてもわかると言う。
顔を洗うのもそこそこに食卓に付けば、私の好物のパンケーキと、幾つかのソースが小分けに盛りつけられていた。
「今日はこれを焼いていたんだな」
「お休みの日って感じでいいでしょう」
「うん、パンケーキは好きだ」
「麻子はケーキならなんでも好きだよねえ」
そうでもないぞと食べながら答えようとしたけれど、口に物を入れたまま喋らないのと嗜められてしまった。本当にお母さんみたいなやつだ。
私と沙織はどこか歪であると思う。そもそも同性愛であるということは置いても、およそ一般的な恋人の形ではないように思う。
例えるなら、親子、姉妹、夫婦。いずれにせよ家族のようなのだ。
「なあ、もし私にお父さんとお母さんが生きていたら、沙織はこんなに良くしてくれなかったのかな」
ふと、口をついて出てしまう。しまったと思っても、漏れ出た音を口にしまい直すことはできない。
「そうねえ、わからないけど私は麻子のことを変わらず好きだったと思うわよ」
「そうか」
「そうよ」
パンケーキの焦げが少しだけ苦い。メープルシロップをたっぷりかけると気にならなくなった。
今日はどうすると沙織が聞いてくる。出かけると言っても船の上になるぞと返せばそれでも良いわよと笑ってみせた。
こういう日はだいたいお決まりのルートがあって、散歩をして些細な事を語り合い、外食をして夕飯の買物をするのだ。
マンネリと言われればそれまでだけれど、私は気に入っている。
「こっちも美味しいよ」
「ん、ジャムか」
「ブルーベリージャムにバルサミコ酢、混ぜてみました」
「おしゃれだな」
「へへ、そうでしょ」
ふっくらした生地に酸味の効いたソースを塗りつけて口に運べば、目が冴えるようだ。
「これ、おいしいな」
「ほんと? じゃあ今度も作るね」
今日も巣穴を出て巣穴に帰るのだろうか。モグラは日差しを浴びると死ぬんだぞ。と呟いたら、それはデマだよと返ってくる。
そんなことは知ってるよと答えて、着替えの準備をした。