ジャンル:スラムダンク お題:不本意な窓 制限時間:1時間 読者:627 人 文字数:1751字 お気に入り:0人
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差しこむ風



緑がきれいだった、理由はただそれだけ。
何気なく横を向いたその直線上にちいさな窓があった。
網戸もなく、すりガラス板1枚でできたその小窓は、換気の為か下向き斜め方向へ半開きになっている。
レバーをクルクルと回して開閉する小窓、そう、トイレによくあるそれ。

やる気のない生物教師が十分も早く授業を切り上げたため、神はゆっくりと二年の教室へ戻るところだった。
渡り廊下を抜けた本校舎の一階で、ふといつもは立ち寄らない一年生の便所へ入ってみようと思い立った。
授業中の今ならば、一年生は誰もいない。
ちょっとしたイタズラのつもりで下級生用のトイレを使う。
教科書は左の脇に挟み筆箱は尻のポケットへ。
制服のファスナーを下げ、手早くそれを探り出して小便をした。
済んでしまえばどうということもない。
非日常というにはささやかすぎるイタズラだった。
(別に誰がいるときに入ったって、何とも思わないんだけどさ)
我ながらこんな下らないことをさも良い思い付きだと感じたのかわからない。
二年の便所と同じ、ついでに言えば去年の神が使っていた状態と同じ。

奥からひゅうと風が吹き込んできた。
神の短い髪の先が軽くそよぐ。
(窓、開いてたのか)
一階の便所の窓が開け放しでは覗かれるだろうと一瞬思ったが、よくよく考えてみれば、誰が男の用足しを覗くというのか。
臭気が籠るよりよほどいい。
初夏のいい風が入ってくるじゃないか。
始末をしてファスナーを上げ、不安定だった脇の教科書を持ち替えた。
神は何気なくその風の方、奥の窓へと歩み寄ってみた。
壁をくり抜いたちいさな四角に、上半分は新芽の緑色、下半分は校庭の赤い土が見える。
もっとよく見れば、校庭にはジャージを着た一年生の男子が走り回っている。
今日の体育はサッカーか。
自分のクラスでサッカーをやるとき神はいつもキーパーで、一時間の殆どをフィールドの端で過ごすはめになる。
楽しくは、ない。
しかし積極的にサッカーをやりたい気持ちもないので、神は体ひとつでできる筋トレやバスケのイメージトレーニングをして時間を潰すのが常だった。

ぼんやりと白黒のボールを目で追っていると、その中に一際目立つ動きが一人。
鬱陶しそうに伸びた髪、あれは間違いなく。
(信長だ)
遠目からでもハッキリとわかった。
清田は休む間もなく駆け回り、大きな声を上げて実に楽しそうだ。
(ああ、いいな)
神にはいつも清田が輝いて見える。

やがて体育教師の笛の合図で試合らしきものは終わり、一年生達はバラバラとボールやビブスを片付け始めた。
片付けのない者は校舎の昇降口を目指してゆっくりと歩いてくる。
この便所は校庭から昇降口へ向かう途中に位置しており、待っていれば彼らは神のいるこの窓の前を通るだろう。
授業の終わりを告げる鐘がなった。
神はまだ動かない。

神は清田を待っていた。
この窓の下を通ることは間違いないだろうが、果たして清田は自分に気付くだろうか。
自分ならば便所の窓などに目を向けることはしない。
でもこちらから声をかければ、きっと清田は挨拶くらい返すはずだ。
用具室から出てきた姿が、何人かのクラスメイトと歩いている。

他にすることもなく神が清田を見ていると、突然清田が走り出した。
何か用事でも思い出したのだろうか。
清田の脚は誰より速い。
風のように神の方へ掛けてくる。
(急いでるのか。オレに気づかないで行っちゃうかな)
そう思った。

「神さん!!」
窓のすぐ下でブレーキをかけ、清田が止まった。
ハッハッと息を切らせている。
「信長? どうした?」
「神さんさっきから、俺のこと見てたでしょ。気づいてましたよ、ちゃんと!」
「……」
神は驚いて目を丸くした。
自分が遠くからでもすぐ清田を見つけられるのは、清田が特別だから。
こんな校舎の端の小窓から覗く自分を、清田が見つけたのは?
「……神さん?」
清田が黙りこんだ神を不思議そうに見上げた。
「信長」
頭ではない。
唇が、そう動いたのだ。
「オレ、信長のことが好きだ」
清田の目が見開く。

ああ、言ってしまった。
こんな大事なことを、こんなところで。
まだ手も洗ってないっていうのに。







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